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蒸し風呂 [日記]

親の建てた実家に戻ってからもうかなり経つが、父親の形見のような我が家。ぼろ家ではあるが、形見という感覚があれば、そう簡単に建て替えなどという気にもならなかった。

 いや、他にも理由はある。自身の金で購入した分譲のマンションに将来的に住むという奥の手もあったからだが、あまり実家の維持ということに関しては気にも留めていなかったのが、将来、空き室率が増すという事を考えて、昨夏、自分のマンションを売ってから、実家のあちこちが気になってきた。

 形見という気持ちよりも住み心地として考えた場合どうか、そういう目で見た場合、建て替えた方がよさそうだ、そういう事になったのだが、自然災害がいつ降ってわかないとも限らない日本という土地柄、最低限、そのことを頭の隅に置くと、現在の家の維持を優先しようという結論になった。

 という事で痛んでいた部分など、外壁の塗装を建築会社の保守部門に依頼することにしたのだが、タイミングが悪かった。

 今年は前年を更新しての高温になる予想らしいのだが、既に連日30度を超している。そこへもってきて窓ガラスなどマスキングという事でただでさえ熱い我が家がより高温になる条件がそろってしまった。

 外に出ると風が吹いて凌ぎやすそうな天候も、家の中にいればひたすら太陽の熱を浴びて家の中の気温の上昇という要素しかない。

 食事が終わるとすぐにテレビを消したりして発熱を抑えるようにしているのだが、ふだんよりも温度上昇が確実に速い。あっという間に30度を超したのだが、動けば暑いだけ、と午前も午後もひたすらひっくり返って寝ているだけなのだが、それでも暑い。

 もう熱中症気味で頭痛、鼻水、関節痛、だるおも、とCMの文字が頭の中を駆け巡る中、テレビでは相変わらず現都知事のしみったれた話で、気分の晴れるのはいつになるやら。

 あと、一週間かかるらしいのだが、私よりも高齢の母親に影響が出ないか、本当に心配である。入れ物に気を使って中身を傷めてしまっては意味がない。

やはり女の子?! [日記]

我が家の女王様、なかなか機嫌とりが難しい。

友人の獣医曰く、放し飼いをすると寿命は短い、そうなので深窓の令嬢ではないが、姉妹猫が野良猫に連れ去られたのをきっかけに、家から外に出さないようにしているのだが、それでも外を見たがる。

ガラス戸を開けて網戸越しに外を見せてやっているのだが、できるだけ外の空気も吸わせてやりたいと、抱きかかえて外に出すと、自分ではこちらの隙を窺って脱走しようとするくせに、抱きかかえた状態では、むずかって、じたばたして、家の中に戻りたがる。

とまあ、そのようにこちらはできるだけ気を使って女王様を居心地のいい状態にしているつもりだが、なかなか女王様にはその辺の気配りは通じないらしい。

だが、女王様なりにアンテナは張っているようで、外で野良猫同士が喧嘩していると、すぐに外が見える部屋にすっとんでいく。

ある時、炬燵の中で暖まっていたようなのだが、ごそごそ炬燵から出てきたので何かと思ったら、外に石焼き芋の車が巡回していた。

その石焼き芋だが、最近はとんと巡回販売に来ない、そう思っていたら、昼頃、女王様が急に机の上に起ち上がって外を窺いだしたので、何かと窓の外を見ると、久し振りに石焼き芋の巡回車が回ってきていた。こちらが気づく前に察して炬燵から出てくるところを見ると、石焼き芋の案内の声が気に入っているのか、匂いを敏感に感じているのか。

人間だけでなく猫も雌は、石焼き芋に関心があるのかと、勝手に推測して「お前もやっぱり女の子だね」そのように頭をなでてやったが、猫にはその意味、通じたかどうか。

買い主の勝手な思い込み、そのように上記の内容を思われる御仁もいるかも知れないが、犬猫は買い主に似るという。という事で我が家の猫も実は猫なりに悟られまいと天才を隠しているのだが、時としてその才能を出してしまう事があるので、夢夢、たかが猫と馬鹿にしてはいけない。

先日も猫とちょっかいを出し合っていた時に、以前から私がフェイントを使って右足を触る振りをして左の前足を叩いたり、そういう動きをしていたのを覚えていて、何と、今度は自身が右の前足で猫パンチを繰り出す振りをして左の前足を素早く繰り出してきた。

人間の動きを学習してフェイントを繰り出せるなどと普通は思わないと思うが、我が家の飼い猫はお転婆なのでテンションが上がると隠していた才能を思わず出してしまう事がある。人間が一番などと思っていると思わず足をすくわれる事があるかも知れない。

やっと確定申告は終わったけれど… [日記]

昨年、不動産の売却をしたために、本来ならば地方自治体への所得申告で済むところ、税務署への申告をしてくれと、遙か昔の不動産売買契約書等家の中を探し回って、といつもの数倍の労苦での申告をしたのだが、いやはや、地方税の申告だけなのとは違って、大変なものだった。

不動産の評価からすると数千万円の損失を売却によって被っている、だから税務署への申告は不要、そのように仲介の不動産屋もアドバイスしてくれたので、そのように市役所への申告に行ったら、税務署に行ってくれと言う。

税務署に電話をすると、電話に出た人物が「今、この場でやりましょう」と言って、色々質問し、「それなら申告の必要はありませんが、税務署で申告しても結構ですよ」との事。

しかし、税務署は駐車スペースがなく、市役所に行った方がこちらも時間、労力負担が軽く済む。
という事で、改めて市役所に行くと、やはり税務署に行ってくれ、そのように言われてしまった。「所得があったのではなく損失なので、税務署の方でも、どちらでもいい、そう言っている]そのように言ったが、市役所ではできない、そのように断られてしまった。

まさに面倒くさい事は、他にたらい回し、というお役所仕事の典型だ。最近はお上ではなくサービス業だという事が役人の間でも浸透してきているのだが、面倒くさい話になると別らしい。

という事で、大汗をかきながら、さらに税務署に出向き、さらに下書き、パソコンでの申告と、大勢の中にまじっての確定申告を終えたのだが、毎年、こういう事をしている人は、本当に大変というか、こういうのって、非生産的、私はすぐにそう思ってしまうのだが、皆さんはどうだったのだろうか。

マイナンバーがどうちゃらいう話があったが、現状ではマイナンバーなど、どう考えたってこういう所得の把握には使えない。つまり政府が広言している形に機能しないもの、今後どうするのだろうか、とかつて国民総背番号制なる、国民監視の一環として時の政府が導入しようとして国民からそう反発を受けたもの、名前を変えての導入なのだが、現時点で国民に何ら利を生むものがないもの、この先、国民主権を忘れたかのようにおかしな事、官僚主導政治が考えていないだろうか。

セブン、イレブンだけではありません、応援しているのは。 [日記]

昨年のラグビーワールドカップでの日本チームの活躍、多くの人が感動したのだと思う、俄ファンが増えたことはテレビ新聞等の露出度の多さでもわかるし、その後、国内の各種のラグビーの試合での観客動員数が飛躍的に増えたのでも明らか。

結局、テレビ中継に繋がるには国際的に強くなければならないのだと思うし、その国際試合で勝つ、あるいは圧倒的強豪国に負けたとしても、慌てさせるくらいの試合が必要だという事だろうか。ラグビーはそれを体現してくれたのだが、かつての社会人強豪チームが所在し高校チームも強かった県にいた人間としては、久し振りに血が燃えた瞬間だった。

さて、その圧倒的な力を示しているにもかかわらず、大きな大会でのトップには成れなかったスキー女子ジャンプの高梨沙羅選手。私は彼女が中学生であの大倉山で140メートルを超す大ジャンプを見せた時からのファンなのだが、彼女が試合の前後で述べる「見に来てくれる人達に感動を与えたい」という、その感動を彼女の試合からもらっている一人だ。

あの、大倉山で140メートルに到達するジャンプは、色々条件が揃わないとできないわけですが、他の選手が軒並み100メートル以下で着地する中、そこまで飛べる素質、素養は並大抵のものではないし、その後のワールドカップでの活躍が、彼女の強さを示している。

かつて日本のジャンプ陣が強かった時に身長の低い日本選手に不利なルールを強引に決めて多くの日本選手が、ルール変更について行けず、悩み、不振に陥った、そういう事を考えると女子選手の中でも一段と小柄な高梨選手が活躍できるのは奇跡に近い。

さらに力学的に言えば、男子選手だけでなく女子選手の多くが足を故障する中、高梨選手は他の選手よりもジャンプ台の先端からの落下距離が一番大きなジャンプをしているという現実がある。つまり他の選手よりも一回一回、一番大きな衝撃を受けている、という事。

落下距離だけではなく、落下する着地面も抗力として一番大きな衝撃を着地する高梨選手に与える斜度のところに着地しているわけですが、そういう事を考えるに、この感動を与えてもらっている高梨選手が故障しないことを祈らずにはいられない。

だから、彼女がオリンピックで金メダルが取れまいと世界選手権でメダルが取れまいと、世界一の女子ジャンパ―である事に変わりはない。

応援の皆さん、そういうところまで含めて高梨選手がいかに凄いのか、見てやってください。

マイナス金利 [日記]

日銀がマイナス金利政策を発表したが、個人口座にいつ転嫁されるか分かったものではない、そう思って、以前、整理した銀行口座、改めて確認してみた。

というのは、親の介護のために働くのを止めたのはいいが、全く収入のない極貧生活というか、千円の金がままならない状況の時に、友人がせっかくの才能がもったいない、と会社を設立して介護の合間でもできる仕事をやる事になり、そのための口座など作っておいたのだが、皆さんご承知の通り、冤罪による裁判沙汰で、その計画が頓挫、口座開設が意味を為さなくなった。

それが、個人的に積み立てていた金が満期で振り込まれることになるのを機に、再度、全ての口座を整理する事にした。

というのも、新規の口座を開設した銀行が2年間休眠している口座は管理料としてン千円差し引いていく、というのでなけなしの金、そんな事で何もしない銀行などに取られてはかなわない、とばかりに、そういう話の全くなかった銀行も含めて慌てて預金通帳の中身を確認する事にしたのだが、これって何だろうかと思う。

いや、仕事上で海外渡航した時の相手国通貨などが数十万。T/Cなどという時代の遺物が同様数十万。銀行では取り扱ってくれないコインだけでも数万円にもなる。合わせると百万を超す金額になるもの、これらも放置していたわけではないが、事業をする時には必要かと準備金としておいたもの、これらも早々に処分せねばならない。

円安とか円高とか本来邦貨で持っていれば関係ないもの、仕事上、海外渡航時に必要と相手国通貨にしたためにかえって損をする事になるサラリーマンも多いのではないだろうか。最近はカードでの支払い等便利なようになっているが、使用時と決済で時間差がある場合、痛い目に遭う事もある。

そのようにマネーゲームなどする気もなくひたすら預貯金に頼って暮らすか弱き庶民の金、どういうつもりで価値がなくなるようにしようとしているのだろうか。

馬を水辺に連れていっても水が飲みたくなければ馬は飲まない。
需要がないのに金を溢れさせれば返って不自然。つまり不自然な需要にしか繋がりかねない。これこそ無能の極み。

銀行なども無能でしかないから、個人預金者から管理料名目で金を取ることを既に内部では検討しているはず。その派生が色々な形で出てくるのではないだろうか。
こうなるとタンス預金しか防衛手段がない、そう思っていたら外国人観光客が飛躍的に増加した反動で外国人犯罪も急増してタンス預金も狙われるとか。

現政府の政策、あくまで一部の利益しか考えていない、そういう話本当だろうか? いやここまで来れば本当なのだろう。

泥棒警官達のせいで寒さが身にしむ [日記]

この冬一番の寒さという今朝、母の通院で医者に行ったのだが、この医院の周囲、昨年のいつ頃からか数カ所で道路工事が行われていて、四方八方からアクセスできる筈の場所が全部通行止めになっていたので、予約の時間の30分前という余裕が余裕でなくなりそうで、突然、こういう事があると、そういう事を見込んでいてさえ少しばかり焦る。

たいした距離ではない中、今冬初めての暖房を入れておいたのが、医院周囲で思ったより手間取ったために、車の中もだいぶ暖かくなったのだが、医院の中は診察待ちの人で溢れるので、いつものように車の中で待つ身としては車の中が暖かいのは歓迎、そういうところだろうか。もっとも駐車場でのアイドリングはできない。

しかし、今朝の寒さは、暖房無しで済む寒さではなく、暖かい格好をしてさえ膝掛け程度では、じきに寒さで鼻水が出てきそうな冷たさが足元と首筋から忍び寄ってきた。いや、当地の寒い時にはそのくらいになること、長年の経験で分かっていることなのだ。

だから、こういう事もあろうかと、私は以前から冬季は車に毛布を入れておいたのだが、事故当事車両が警察に押収されている間に毛布や父親の形見の折りたたみ式のチェアーが車内から警官に盗まれた、その事があって以来、車の中は淋しいものだ。

新たに買う金も惜しいのだが、そういう行為自体腹立たしく気分的に、買えないのだ。
今朝は予約診療の筈だったのだが、母親の診療が終わるまで1時間半近く掛かった。おかげで体がすっかり冷え込んで風邪気味になってしまったのだが、帰りの車中で盗人警官の話についつい話題が行ってしまった。

善意で人を助けようとした人間を罪に落としたり、人のモノを平気で盗むなどおおよそ一般庶民などよりも性質(たち)の悪い人物達が大勢庶民の味方です風を装って我々の税金で暮らしている、この構図、皆さんのどれだけがわかっているだろうかと思うのだが、こういう警官達は決して特殊でもないし、皆さんの周囲にいる普通の警官が、こういう人物達である事、本当に恐いと思う。

いや、もっと恐いのは、屑人間達が唯我独尊で次元の低い事を主権者たる我々に強いている現実があることだ。役人と関わると本当に後から後からおかしな事が出てくるのだが、日本人とはこれほどレベルの低い民族だったのかと思わされるのだが、いやいや、日本人が、ではなく日本の役人の意識が低い、ただそれだけの話なのだ。

役人が率先して人のためにとか平和のためにとか、そういう事で行動したり、そのようなシステムを作ってきたという歴史を聞いたことがない。ただただ、ひたすら自分たちの懐に金を入れるという自己への利益誘導の事しか聞こえてこないのだが、泥棒警官達の行為やそういう事が全く摘発もされていない現実を見れば、役人など信ずるに足らない存在、いや必要最低限に数を絞らなければいけない存在、そういう事ではないだろうか。

早くも災難 [日記]

日本の技術者達の劣化を叫んでから久しいが、今年も早々にその洗礼を浴びた。

年の暮れにテレビのメイン電源のスイッチが壊れた。
いや、電源を切ろう、そう思って押したら、押し込んだところから戻ってこない、即ち電源が入りっぱなし、そういう現象になったのだ。

まあ、コンセントのところで抜き差しをすればいいか、そう思って、このくらいのトラブルで修理するのはもったいない、そういう考えの元、実際には待機状態という電源が入ったままで半月ほど使っていたのだが、年明けの三が日、十分にテレビは楽しんだだろう、そのように神様が思ったか知らないが、知らぬ間に音声が消えていて、その後、音声と映像が入ったり切れたり安定しない状態になり、その後、さらに内部でカチカチという音が不定期にするようになった。

リモコンでスイッチを切って待機状態にしても勝手にカチカチやっている。そのうちにボンッだの、少しヤバそうな音がしてくる。

というわけでメーカーの電気屋さんに連絡。今、修理待ちの状態だ。
ならば、ブログの更新でも、そう思ったら、年末年始にインターネット接続と電源ケーブルを外した影響か、いきなりバッテリー劣化なる表示が飛び込んできた。

いや、これもAC電源で使用していけば問題はないはず、そう思っているのだが、テレビと同様、さらに重症になる問題が潜んでいるだろうか。
既にあちこち問題が出ているパソコン、さらにこういう表示が出てさえも使い続けていいのかどうか。

いや、私を冤罪に落とした裁判官達のおかしな判断を糾弾する大事なデータがいっぱい入っているのだが、バックアップしようにも我が家、寒さ、暑さが半端ではなく、記憶メディアも信頼性が落ちるのだ。

技術者もどんどん質が落ちているのか、企業が消費者を見くびっているのか、いやその両方なのか、いずれにしても使用する製品の信頼性がこうも落ちるとこういうものに頼らない社会になっていかなければストレスが溜まるばかりだ。

つまり文化的生活などと言っても決して人間の心を癒すものではない、そういう事か。

淋しかった夏祭り [日記]

見知らぬ土地に来てから48年。
しかし、私自身は仕事でほとんど住んだことはなく、週末とか長期休暇など仕事が休みの時に帰省するだけで、この地でのイベントなど参加した事もなかった。

ところが今年、町内会の班の当番が回ってきて高齢の母親の代わりに私が行事の労役に駆り出されるのだが、先週末、土、日と二日間、町内会の夏祭りの道路規制(町内の道路を歩行者専用にする)各5時間ずつに当番として出たのだが、これが何と淋しいものだった。

ひょっとしたら道路規制に駆り出されている人数の方が夏祭りを目当てに来場する人数よりも多いのではないか、そういう気がしたのである。

同じ組で担当した人物から昔は山車も2台(今回は1台)で子供の数が多くて引けずにあぶれる子供もいた、そういう話が出ていたのだが、とにかく規制された道路をたまに人が通る、それが祭りの担当者だったりで、露店も本部近くの飲食店の自店の前の出店が数店。街路灯がぽつんぽつんのメイン道路。

前出の人物曰く団塊世代ジュニアがいなくなったら、ほとんど寂れた、らしい。
しかし、暑さだけは半端ではなく、たった二日間であるのにふだんの生活に余計なものが入ると、死ぬ思いというか、こんな思いまでして祭りを続けたい、そう思う人は減っていくだろう、そういう感が強かった。

私の子供の頃と較べれば日中など山車を引くにしろ御輿を担ぐにしろ、暑すぎる。数年前までは日中山車を引いていたようだが、今年の暑さを考えるともう日中は限界だろう。
かと言って夜間ならばいいと言えるほど、気温は下がらず、私などもう開き直って汗臭いのをクール何とかという噴霧器で誤魔化して凌いでいたが、体調の悪い時はこういう手伝いも負担だ。

私のところの町内会の住人の数自体は増えているようだが、そのまま年齢が高い方にシフトしていっているだけのようで、お年寄りはよっぽどのことがない限り祭りになど出てこないし、だいたい、町内会の役員自体も、もう何年といわず、二十年も顔ぶれが変わっていないのではないか、という段にいたっては、このままその連中が夏祭りの幕引きを行う、そういう事になるだろうか。

私の小学校から高校まで一緒だった友人が毎年故郷の祇園に飛行機で飛んでいっては参加して山笠を担いでいるというのだが、国の重要無形民俗文化財という触書なので、さもありなんだと思うが、町内会レベルの夏祭りは少子高齢化と共にどんどん消えていく運命にあるのだろう。

町内会の夏祭りは小さなお子さんを持つ家庭が近場で祭りというものを体験させる良いチャンス、ということなのだと思うが、こういうものの復活はテレビドラマのようにはいかないようだ。

余談だが私が大人の女性がきれいだと思ったのもまだ学校にも上がっていないころに田舎の夏祭りに一緒に行った隣家のお姉さんの浴衣姿だったのだが、そういう体験をする機会がなくなるこれからの坊や達、生まれてくるのが少し遅かったかなあ。

自然には敵わない? でも手を掛ければ少しは… [日記]

イヤー、暑いですね。我が家、家の中で36度越えです。初日にして、かき氷や冷たいもの、誘惑に負けるとかいうレベルでなく、取らねば、やってられない、ということで夏バテ。皆さんはどうでしょうか。

裁判の関係で、どうしても手を掛けられない、と一時止めていた簡単な野菜作り、今年は緑のカーテンと共に復活を、そう期待して始めたのだが。

まあ、スタートとしてはギリギリだっただろうか。
とにかく我が家は人間耐久テストをしているような家なので、夏暑く冬寒い。
したがって緑のカーテンに期待するところ大であり、以前、パッションフルーツの緑のカーテンは、収穫こそできなかったもののそこそこ貢献してくれた。

という事で、今年はテラスの一番日の当たる部分に設置しようとホームセンターから買ってきたものプランターに植え替えようとした途端に、根が折れてしまった。

kりゃまずい、そう思って、支えを施して何とか、そうしたら、確かに何とか、持ち直し掛けてくれた、そう思ったのも束の間、三日ほど、この時期としては異例の強風が吹いて、また苗が倒れてしまった。

これはまずいとしっかりした支柱を立てたものの、さすがに二度に渡る失態は、前回の経験から、既に緑のカーテンとして期待できるレベルに行っていなければならないものが、ホームセンターから買ってきた時のまま葉の色が濃い緑になっただけ、という事で、西日を受けるトイレの前に二週遅れで植えた方に期待したのだが、これもまた強風下で、どうかなったか、成長しない。

しかし、諦めずに朝晩、水やりを欠かさず、肥料もしっかり施していたら、テラス側のが新たな葉が伸び出したと思ったら、まだ、10cm程度の伸びながら花をつけた。

これは嬉しい。手を掛けたのが実を結びそうなので、何とか、今年こそは実を収穫したい、そう思う。
前回はたくさん実もなったが、花が咲くのが遅かったために変色しただけで、表面が堅いまま冬になってしまったので、今年は収穫できると思う。

自然には敵わないが、後のフォローをすれば何とか、そこそこにはなる、そういう事だろうか。
こういうのは対症療法もある程度利くが、政治の世界の話、全く、我々の反対の声が届かないかのような政府の態度には、どちらが主権者か彼らが分かっているのだろうか、そういう疑問がつきまとう。

日本人はどうしてこうもおかしくなってしまったのだろうか、新聞テレビを見る度に思うのである。

国道での逆走、初めて見た [日記]

一昨日、まだ私の所有であるマンションの部屋の状況確認で2時間のドライブを行った。
利用したのはこの地域では幹線になる一般国道。

私の利用するエリアではほぼ片側2車線であり、そこからさらに中心地に向かえば片側3車線。反対車線とは縁石で区切られており、3車線区域になると中央分離帯だったりする。

そういう幹線道路の中央側を走行していて、渋滞気味で車速が落ちた時に反対車線の異常に気づいた。
何だろうかと見ると軽乗用車が1台、反対車線で私の行く方向にのろのろと走っている。直近には縁石の切れ目がなかったので、少なくとも数十メートルは逆走していなければ、その位置には来ない。

幸いな事に既に反対車線でも多くの車がその車を認識して、渋滞が始まっており、衝突事故にはならない状況になっていたが、その車もハザードランプを出しており、認知症の人物が運転していたのではないだろうと思うのだが、運転者までは確認できなかった。

多分、縁石の切れ目で脇道に入ろうと反対車線を横切って入ろうとして、その道が入れなかった、あるいは一本間違えたと思い、そういう事で無理して次の道まで逆走しようと思ったら、意外と次までが長かった、そういうことなのだろうと思うが、こういう道で逆走車を見るようなことがあると、もう、逆走車などは珍しいことではないのかも知れない。

片側2車線の道が意外と勘違いに繋がるという話もあり、追い越し車線側にいると逆走車と正面衝突する可能性が高い、そういう事らしいので、むやみに追い越し車線を走行することは避けた方がいいのかもしれない。

一昨日は時間の余裕を持って出たにもかかわらず、途中、渋滞が度々起こって、走行車線も追い越し車線も区別のない状態で走ることになったが、元々追い越し車線を定常的に走ってはいけない、そのように道交法ではなっているらしい。そういう事を守っているとおかしな事故にも遭わなくて済む、そういう事かも知れない。

が、しかし、選択の余地のないところで、事故に巻き込まれると、本当に人生が狂ってしまうのだが、果たしてハンドルを握る人達のどれだけがそういう事を意識して運転しているだろうか。

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