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再度、積極的平和主義というものについて [政治]

我が家にとっては酷暑のシーズン、初日にして夏バテ、冷たいものしか受け付けないような体に反して胃の方は、もう勘弁してくれと目眩、吐き気、立ち眩みを感じる中、いきなりの雨でほっと一息、いやいや湿度は相変わらずで、先が思いやられる夏。皆さんも体調管理にはご注意ください。

さて、まあ詭弁というか、頭の悪い奴は人を馬鹿にしてこういう事を平気で言うのか、と思うのが、積極的平和主義なるものである。

こんな言葉、今まで聞いたことはないのだが、自分の主張を通そうとすると政治家というものはここまでやるのか、そういうものなのだが。

武力行使のような軍国主義とか覇権主義に対比する形で平和主義がある。積極的などという枕詞がつけばもっと平和主義の理想に近い、あるいは絶対的に平和主義に近いもの、そういう気もするが、ところがどっこい、積極的平和主義とは,より武力行使を行いやすい体制に持っていくというのだから平和主義の名が泣く。

例えば、紛争地、これが国際紛争であれば、日本がわざわざ駆けつけたら、敵対された側の国民はどうだろうか。憎しみ等悪感情は相当期間残るだろう。戦争を仕掛けた訳でもないのにお隣韓国が何かにつけてケチをつけてくる、こういう事、自身が経験していてさえ、分からないのだろうか、そう思うのが安倍晋三なのだが。

内紛だって、そうだろう。日本が味方した側の勢力が常に勝つとは限らないし、中東の紛争などでアメリカが介入した例を見ても、現地側からすれば大きなお世話、そんなものが多すぎる。こういう事、繰り返せば、日本が戦後培ってきた平和とか信頼とか、そういうものはなくなってくるだろう。

おかしな言葉まで持ち出してきて国民を誤魔化そうという神経が気に入らないのだが、積極的とは、”大きなお世話”だし、誰からも感謝されない、これがアメリカの現実であり、それに付き合うために貴重な国民の生命財産を消耗させる、それは本当に国民の為を思う政府の仕事だろうか。

血で獲得した自由とか民主主義でない限り、その考え方や原則は国民に根付かない、というものを地で行くのが日本の民主主義かと思う。その重さを国民自身がわかっていないように思うが、もし、本当に国民自身のことを思って理不尽な戦争を仕掛けてくる勢力、国家に対して国民を守ろうという事であるならば、まずは、自由とか民主主義の重さを国民自身が理解する、そこから始めるべきではないだろうか。

日本人自身が血で自由や民主主義を獲得した、そういう歴史はないが、今の表向きの民主的国家は、多くの国民が犠牲になった、つまり血を流した第二次大戦の結果として受けているものであり、その国民に犠牲を強いた政府が今また同じような事を国家の体制に組み込むことは許されないのだ。

安倍晋三を始めとする自民党国会議員達は、あまりに時代錯誤的考え方しか持っていない、そう断言できる。さっさと解党して議員辞職した方がいい。
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