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規制のない競争が本当にアメリカ型か? [経済]

多くの規制に守られて競争がないから国際競争に負けて日本が停滞するとかそういう論理で規制撤廃を掲げた竹中路線を歩んだ小泉政権は結局、総括をしないままに小泉純一郎も竹中平蔵も無責任に中途で逃げてしまった。しかし、逃げたと言われれば格好が悪いので竹中平蔵氏あたりは呼ばれる度に大御所のつもりでテレビに出てきてはえらそうに中身のない意見を述べていたが、結局、最近では露出もなくなってしまった。

ところがである、その意味のない政策がまた亡霊のようによみがえったのではないかと思われるTPP論議である。共産主義が破綻し資本主義の優位性を示すことができたと、一九八〇年代後半には資本主義社会に属することを謳歌した日本ではなかったのか。

ところが絶頂期を迎えたと思えた日本経済が本当に泡のごとしでバブルがはじけたとたんに今度は先進諸国どころか新興国からも反面教師と見られる長期低迷経済に入っていった。そしてバブルの後始末と称して多額の税金を注入しての金融機関や大手企業の救済である。そしてこの動きはまさに一時的にでも便宜的にでも国有化という資本主義とは対極にあった共産主義的経済活動であった。

しかし、実体は一部の資本家を救済するが如きおおよそ国税を預かっている国の政策とは思えない金持ち優遇策の変形でしかなかった。当時社長の座にいた連中は主役の座から退場はさせられても、彼らがその責任を負って自らの懐を痛めたという話は聞かない。いや聞かないどころか、ほとぼりが冷めたころには凍結していた高額の退職金なども支払われてしまっている。

こういう事を税金を注入した国が許す事自体が国民をなめていると思うし、その国というのが政治家を思惑通りに動かした官僚なのである。そしてその先がどこを目指そうというのかという疑問に答えるべく、オリジナリティのないアメリカ型を日米年次要求会議でのアメリカの要求を受け入れることをきっかけに突き進もうとしたのが竹中主導の小泉路線であった。

では、アメリカが本当に弱肉強食の規制のない競争社会かというと、私は疑問を感じる。確かに日本に対しては厳しい規制撤廃、自由競争など要求は厳しかったが、アメリカ国内では、どうか。

例としてはふさわしくないところもあるが、全く自己責任、自由競争一点張りでない事を表しているのが近年我々には馴染み深くなった大リーグである。確かに無秩序とも言うべき、選手年俸の高額化で、オーナーが苦しんだ時期もあったが、今の大リーグの運営のやり方は我々にも参考になるのではないだろうか。

つまり自由競争あるいは自己責任の一点張りでビジネスも顧客も幸せになるとは限らないいい例であるが、ヤンキースの一人勝ちでは大リーグの個々の球団も大リーグ自体も繁栄が見込めないことから秩序ある競争の道を選択したのである。だから選手年俸が規定を超えた球団が超えた額に応じてペナルティとなるべき資金を拠出してそれを他球団に回すなど運用に工夫がある。

アメリカの球団経営では日本の二軍にあたる3Aや2Aあるいは1Aさらには独立リーグなど各レベルで球団個々が創意工夫をして利益を出し、ファンサービスも充実しているという。私も一度だけだが人気球団ということでもない大リーグの試合を現地で見たが、ぎっしりと客席が詰まっており、改めて大リーグ人気の高さを認識させられたが、何の工夫もなければそこまでの人気には繋がっていないと思う。

そういうものを見れば、確かに自由競争のようにも見える。しかし、これは大リーグのみならず、傘下や独立リーグでも個々に創意工夫をしている結果ということであって、それを単に自由競争という事でそこまで行ったというのはあまりに早計であるという事と、その大リーグでさえ、秩序という新しい概念をビジネスに持ち込んでいるということである。

今、実は自由貿易自体が問われている時代なのだ。この一年はあまり聞かなくなったが、竹中平蔵の強引とも思えるアメリカ追随政策に対して、グローバル化の弊害を問う論議が出てきてそれがデカップリングという言葉で表されたが、大した論議もなく終わってしまった。

この事、自由貿易が民主主義を滅ぼすという著書を著した人物のことと併せて、近いうちにブログで書いてみたい。
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